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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)3889号 判決 1957年12月09日

原告 株式会社日本殖産破産管財人 高野弦雄 外三名

被告 水野彌三

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の不動産につき昭和二十九年三月五日東京法務局芝出張所受付第二一三〇号同月四日付売買による被告のための所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、株式会社日本殖産(旧称日本殖産金庫以下単に日本殖産と称する)、は昭和二十九年六月十六日午前十時東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告等はその破産管財人に選任された。

別紙目録記載の不動産(以下単に本件不動産とも称する)は元訴外富田正義の所有で日本殖産は昭和二十八年九月十五日同人から之を買い受けその所有権取得登記を経たものである。而して、登記簿によれば右不動産につき主文掲記の日本殖産が之を被告に譲渡した旨被告のため所有権移転登記の記入がある。けれども、日本殖産は右不動産を被告に譲渡したことはなく右登記簿の記載は事実に反するものである。

仮りに、日本殖産が右登記簿記載の通り昭和二十九年一月四日本件不動産を被告に譲渡したとしても、日本殖産は昭和二十八年十二月上旬すでに支払停止をなしており、その後破産債権者を害することを知つて右譲渡を為し、被告はその当時日本殖産が支払停止の状態にあつたことを知つていたから、右譲渡行為は破産法第七十二条第一号又は第二号若くは第五号のいずれかに該当するから原告等はこれを否認する。

右の次第であるから原告は被告に対し前記所有権移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及ぶと述べ、

被告の主張に対し、被告がその主張の事情により日本殖産から本件不動産を譲受けたこは不知、否認権行使の効果は訴の提起により生ずるのであつて、原告等は昭和三十一年五月二十三日本件訴状を裁判所に提出したから、これにより右否認権の時効は中断せられた。被告が日本殖産に交付した金百五十万円又はそれより生じた利益が日本殖産の破産財団中に現存するとの被告主張の事実は否認すると答え、

立証として甲第一号証の一乃至四、同第二号証、同第三及び第四号証の各一乃至四を提出し、被告本人尋問の結果を援用した。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実中日本殖産が原告主張の日時破産宣告を受け、原告等がその破産管財人に選任されたこと、本件不動産は元訴外富田正義の所有で、原告等主張の日に日本殖産が同人から之を買い受け、その所有権移転登記手続を経たこと及び右不動産につき原告主張の所有権移転登記がなされていることはいずれも之を認める。被告は昭和二十九年三月四日日本殖産から、右不動産を譲り受けたのであるが、その当時日本殖産が支払停止の状態にあることを知つていたとの事実は否認する。その余の事実は不知、被告が本件不動産を譲り受けた事情は次の通りである。すなわち、被告は昭和二十八年暮頃日本殖産から広島市九十一ブロツクの八宅地七十七坪二合五勺(株式会社水野組用地)の隣地を買い受けることゝなつたが偶々右宅地の登記簿上の所有名義が訴外株式会社藤田組となつていて、直ちに所有権移転登記ができない状態だつたゝめ、その所有移転登記ができるようになるまでの間一応本件不動産の譲渡を為しておき、将来右広島市内の宅地の登記名義を被告に移転することができたときには、被告は本件不動産を日本殖産に返還することゝし、本件不動産の代金として昭和二十九年三月四日及び五日の二日間に金百五十万円の支払を了した。

しかるに、日本殖産はその後前記広島市内の宅地の藤田組に対する所有権の移転を追認したから、右広島市内の宅地につき被告の為所有移転登記をなすことは履行不能となり本件宅地の所有権は確定的に被告に帰属するに至つたと述べ、

原告の否認権の主張に対し、訴により否認権を行使する場合は訴状が被告に送達せられたときにはじめて否認権行使の効果を生ずるのであつて、本件破産宣告は昭和二十九年六月十六日午前十時であるから原告主張の否認権は本件訴状が被告に送達された昭和三十一年六月二十一日より以前既に二年の消滅時効が完成した。

仮に右消滅時効の主張が理由がないとすれば前記契約は本件不動産に関する限り売買又は之に準ずるものと考えることができるから被告が本件不動産を日本殖産から譲り受けるに当り同社に対し右不動産譲受に対する反対給付として交付した金百五十万円又は右金百五十万円の交付により生じた利益は同会社の破産財団中に現存するから、被告は右金員の支払を受けるまで本件不動産の所有権移転登記の抹消登記手続を拒む権利があると答え、

立証として証人河野文博の証言及び被告本人尋問の結果を援用し、甲号各証の成立を認め、甲第一号証の一乃至四を援用した。

理由

日本殖産が昭和二十九年六月十六日午前十時東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告等がその破産管財人に選任されたこと、本件不動産は元訴外富田正義の所有で、日本殖産は原告等主張の日に右訴外人から之を買い受け、その所有権移転登記手続を了したこと及び登記簿上右不動産につき原告等主張の被告のための所有権移転登記が為されていることは当事者間に争がない。

而して、証人河野文博の証言によれば、被告の代理人訴外河野文博は昭和二十九年一月頃日本殖産の債権者でその管理委員長として日本殖産を代理していた訴外藤田実との間に被告主張の広島市内の宅地につき代金千百万円で売買契約を締結することとなつたが偶々右宅地の登記簿上の所有名義が訴外株式会社藤田組となつていたことがわかつたので、同年三月頃になり右売買の手附金百五十万円の授受に当り人に対する担保とする趣旨で、一応本件不動産を被告に譲渡し、その後一年の期間内に日本殖産において右広島市内の宅地につき所有権取得の登記を回復し次で被告のため所有権移転登記手続を了した場合には本件不動産は日本殖産に返還すること、右期間を徒過したときは右不動産は確定的に被告の所有に帰することと約定し、被告は同月中に右金百五十万円の支払を完了したこと及びその後日本殖産は右期間を徒過したことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

けれども、成立に争がない甲第二号証によれば、昭和二十九年一月二十日訴外杉原文太郎は東京地方裁判所に対し日本殖産の破産の申立を為したことが明かであるから、この事実と前記同年六月十六日日本殖産が破産宣告を受けた事実とを綜合して判断すると前記取引当時日本殖産は支払不能又は債務超過の状態にあつたものと認めるのを相当とし、右取引は本件不動産に関する限り売買と同一の結果を生じたものであるから、前記状態の下において、右のごとく不動産を消費し易い金銭に代えることは特別の事情のない限り一般債権者を害するものと認めるべく、又反対の証拠のない本件においては前記日本殖産の代理人はその日本殖産に対する関係からして、右取引が一般債権者を害する事実を知つていたと認めるべきである。而して、被告代理人河野文博が前記取引が日本殖産の一般債権者を害することを知らなかつたことは被告の主張しないところであるから、原告等は破産法第七十二条第一号により前記不動産の譲渡契約を否認することができると解すべきで、原告等の否認権行使の結果右契約は否認せられたことが明かである。

被告は原告等主張の否認権は二年の消滅時効が完成したと主張する。けれども、訴により否認権を行使する場合には訴の提起によりその効果を生ずると解すべきであるから、本件否認権の時効は前記破産宣告の時である昭和二十九年六月十六日午前十時以後本件訴提起の時であること記録上明かである昭和三十一年五月十三日中断されたことが明かで被告の右主張はその理由がない。

次に、被告の同時履行の主張について判断すると、否認権行使の結果、その相手方が破産財団中の現存反対給付の返還又は現存利益の請求を為しうべき場合において、相手方は契約の解除の場合に準じて同時履行の主張を為しうると解するのが相当である。而して本件につきこれをみると、前記事実によれば、被告の支払つた金百五十万円が本件不動産に対する反対給付と認めうべきことは明かである。けれども日本殖産は被告が右支払を為す前すでに破産の申立を受け、その後幾許もなくして破産宣告を受けており、証人河野文博の証言によれば日本殖産では緊急に資金を必要とする事情に迫られて前記取引を為し右金員の支払を受けたことを認めることができるから他に特別の立証がない限り前記金百五十万円又は右金員の交付により生じた利益が日本殖産の破産財団中に現存するものと認めることはできない。したがつて被告の前記同時履行の主張もまたこの点においてその理由がなく、これを採用することができない。

以上の事実によれば、被告は原告等に対し別紙目録記載の不動産につき昭和二十九年三月五日東京法務局芝出張所受付第二一三〇号同月四日付売買による被告のための所有権移転登記の抹消登記手続を為すべき義務のあることが明かであるからその履行を、求める原告の本訴請求はこれを認容すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 松尾巌)

目録

東京都港区芝高輪南町五十三番の十一

宅地六十四坪一合八勺

同番の十二

宅地十坪一合一勺

同番の十三

宅地七坪二合四勺

東京都港区芝高輪南町五十三番地

家屋番号同町三四三番

木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪 二十六坪五合、二階 十二坪七合五勺

附属

木造瓦葺平家建物置 一棟

建坪 二坪

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